(2004年12月17日 産経新聞 正論より)
◆対話生む柔軟な・謙虚な姿勢
最近、二度ダライ・ラマ法王と対話する機会に恵まれた。一回目は昨年11月、東京で小柴昌俊・東京大学名誉教授と私が出席した仏教と科学者の対話集会である。そのとき私は、ダライ・ラマ法王の広い心、まるで子供のような好奇心など、その人間性にとても魅力を感じた。
法王は、何年も前から積極的に科学者との対話をはじめており、瞑想や祈りの科学などについて、科学者との共著があることは知られていた。
ダライ・ラマ法王はチベットの小さな村に生まれ、子供のときにダライ・ラマ14世と認定された。少年だった彼は、動く器械を見れば、それがどうして動くのか不思議で仕方なく、分解してみたりする科学少年だったのである。法王にならなければ、科学者になられたかもしれない。
20年近く前に法王は、科学者とのコンタクトは危険であり、仏教を殺す可能性があるという助言を受けたが、そのようなことはないと確信し、10年以上も前から、科学者との対話を続けている。
法王によれば、仏教を学んだ者と科学を学んだ者との対話は、その双方にメリットがあるという考えだ。
仏教徒は最新の科学の発見を取り込むことで、人間世界の理解を深めることができる。実際、法王はもし科学の証明した事実が、仏教の教えの一部と矛盾することがわかったら、仏教の教えの方を変えるべきだと主張している。そのような柔軟で謙虚な姿勢があるから、世界中の科学者と真摯な態度で対話を続けてきたのだろう。
また、科学者にとっても、仏教の心に関する深い洞察や知恵を知ることで、認知科学や神経科学、心の科学という分野に役立てることができるという。
◆最先端科学への強い意欲
ダライ・ラマ法王との2回目の対話は、今年10月、インドのダラムサラに招待され、1週間議論を行うことになった。招待された科学者は、脳生理学、医学、生化学、心理学の分野で最先端の研究をすすめる大学教授で、私を含めて8人であった。
午前中は科学者がそれぞれの分野の講義をする。それを受けて、午後には仏教の心理を科学に応用できないかななどという視点を加えての熱心な議論となる。
私たち8人の科学者は、ダライ・ラマ法王を囲んで車座になっているので、お互いの表情がよく見える。通常の講義と違うところは、ダライ・ラマ法王が、少しでも疑問があると、その場で積極的に質問をされることであった。
私は遺伝子研究の最新の状況を紹介し、特にその中で、遺伝子のスイッチのオン・オフを測定することにより、心の動きが科学的に解析できる時代になりつつあることを述べた。
たとえば、笑いが血糖値の上昇を抑え、遺伝子の働きをオンにするという最新の結果を話した。それに対して、法王は「笑い以外に遺伝子のスイッチをオンにするポジティブな要素は何か」と質問された。そして「仏典にも笑いが出てくる。仏陀はほほえんでいる」と指摘し、心と遺伝子の関係について、科学的な証拠が出てきたことがうれしいと感想を語られた。
この会議は、約5千人の参加者の前で行われた日本での講演会と異なり、全体で約40人と少人数であった。科学者の8人以外は招待客だけであり、その中には有名な男優のリチャード・ギア氏も参加しており、熱心に議論を聞いていた。
私が感心したのは、最先端科学から学ぼうという法王の強い意欲である。討論の内容は、たとえば脳科学などの最先端の話であり、脳は外からの刺激でダイナミックに変化していることが、いろいろなデータのもとで報告された。
◆21世紀に求められた宗教
最後に「幸福とは何か」の議論になった。私は法王に「今までの人生で、いつが一番幸せでしたか」と質問したところ、法王は間髪を入れずに「今だ」と答えられた。この答えは、出席していた科学者や招待者を大いに喜ばせた。
事実、1989年の科学者との会議の最中に、ダライ・ラマ法王のノーベル平和賞の受賞が知らされたが、法王は予定通り会議を続け、会議が終了してから、受賞について簡単な記者会見を行っただけであった。
しかし、法王が科学者との対話をしている「今が一番幸せだ」という意味は、いつでも「今が一番幸せである」という深い意味があるように思う。会議を通して、科学とも調和し、大自然の恵みに感謝して生きる宗教がこれからますます必要であると感じた。
1936年奈良県天理市生まれ。1958年、京都大学農学部農芸学科卒業後、1963年に京都大学大学院農学研究科農芸化学専攻、博士課程終了。米オレゴン医科大学の研究員、京都大学農学部助教授、米バンダビルト大学医学部助教授と歴任し、1978年から筑波大学応用生物化学系の教授となり、遺伝子の研究に取り組む。 |