2025年1月26日
作:ツェワン・ギャルポ・アリヤ*
科学者によればチベット地震が起きたのは鉱物の採掘活動や大規模ダム建設が原因であり、その被害は河川下流域の十数億人の人々に及ぼうとしている。
最近発生した地震により、中国によって長く情報が遮断され封鎖状態にあったチベットが再びメディアの注目を集めている。公式報告によれば死者数はわずか126人だが、実際の数字はこれを大きく上回ると推定される。この災害で約45,000人が家を失い、多くがいまだ行方不明となっている。
この地震は、チベットで何が起きているのかを中国共産党指導部と国際社会にあらためて知らせるメッセージである。チベット高原ではここ数年、頻繁に地震や地滑りが発生している。中国当局はこうした地震を、インドプレートとユーラシアプレートの摩擦によって生じた自然災害と説明している。しかし多くの人は、それがチベット高原のダム建設や採掘活動が引き起こした人災と考えている。
本稿では、チベット高原でなぜこうした自然災害が発生しているのか、原因は何で、どのように解決策がもたらされるのかについて検討・考察する。
何が起きたのか?
1月7日未明、チベット南西部でマグニチュード7.1の大地震が発生し、その後も余震が続いた。震源地は、チベットの首都ラサから約270km離れたシガツェ地方のディンリ県だった。
この地震により多くの命が奪われ、周辺地域も含め甚大な被害が生じた。地震は大きく、ネパール、インド、ブータンでも揺れが感じられたほどである。アメリカ地質調査所(USGS)はこの地震のマグニチュードを7.1と測定したが、中国地震台網センターの記録では6.8とされている。この地震は、ヒマラヤ地方で過去100年に起きた最悪の地震のひとつである。
中国外務省の郭家坤報道官は、ネパールやインドなどからの支援について質問を受けたが、「現在、中国にによる捜索、救助活動と医療支援は十分に行われています。国際社会からの関心と支援に感謝します」と述べ、質問に直接答えることを避けた。
(キャプション)2025年1月9日、インド・カルナータカ州バイラクッペにあるタシルンポ寺院で執り行われた、チベット地震の犠牲者を追悼する祈祷式の様子。祈祷式はダライ・ラマ法王のもとで行われ、会場の大集会堂では多くの人が心を一つにして犠牲者の冥福を祈った。(©テンジン・チョジョル)
ダライ・ラマ法王は、地震で被災した人々のために祈りを捧げた。また、チベット亡命政府(中央チベット政権)指導部は、救援活動を効果的に実施するよう中国側に協力を要請した。しかし、郭報道官は、いわゆる典型的な「戦狼外交」の姿勢を見せ、ダライ・ラマ法王と中央チベット政権を分離主義者として非難した。
環球時報の驚くべき論点のすり替え
環球時報の社説はさらに激しい論調を見せた——「一部の者がチベットに押し付けたがっている西側による人権的な視点は、事実によって自壊し、完全に崩れ去るだろう」。こうした発言は全くもって的外れであり、中国共産党が感じている罪悪感を露呈しているとしか思えない。
同紙の社説はさらに次のように自画自賛する——「地震発生からわずか10分後には救助用ヘリコプターが空を飛んでいた。30分以内に救助チームは瓦礫の撤去を始め、わずか1日足らずで、通信網、道路、電力供給が復旧した。被災者の多くは暖かいテントやプレハブ住宅に避難し、1日3食の温かい食事が提供されている」。
このような迅速な対応がなされたことが事実ならたしかに称賛に値する。しかし、もしそれが真実なら、なぜ中国は他地域のチベット人や国際的なメディア、ボランティアの立ち入りを許可せず、現地の実態を見せようとしないのか?
中国は実際、インターネット接続を遮断し、情報を外部に流出したとされる21人以上のネットユーザーを逮捕した。さらに、被災地への個人や団体の立ち入りを禁止し、住民には写真や情報を外部に送らないよう脅しをかけている。
インフラ重視の中国
地震発生直後、中国が最初に発表したのは「チベット地震によるダムや貯水池への被害はなかった」というものだった。南華早報によると、中国水利部(=中国の水行政を管轄する行政機関)は地震後に、「地域のダムや貯水池に影響は見られなかった」と述べている。
この発表は、中国の恐れと罪悪感を言下に物語っている。彼らは人命よりダムの安全性を優先している。それでも、ダムが被害を受けていることは確実であり、それこそが彼らが他地域のチベット人や国際ボランティアを現地に入れなかった理由の一つだろう。
地震から1週間後の1月16日になり、調査した14の水力発電用ダムのうち5基に損傷があることを中国は認め、下流域の6つの村から約1,500人を高地に避難させている。しかし、これは氷山の一角に過ぎないかもしれない。
(キャプション)中国外務省の郭報道官 (出典:中国外務省)
ヒマラヤ地方に頻発する地震
ネパール・チベット地方は、インドプレートとユーラシアプレートの活動的な地震帯、活断層線上に位置しているといわれている。インドプレートは北に向かってゆっくりと動いており、年間約5cmの速度でユーラシアプレートを押し上げている。この動きが地殻内部に強い圧力を生み、地震を引き起こす。こうした摩擦によってヒマラヤ地方は非常に不安定で地震が発生しやすくなっているのである。
これは、たしかに地震の主因の一つに挙げられるが、原因はそれだけではない。この地域で近年、頻繁に発生している地震には別の要因も示唆されている。
たとえば、2008年には東チベットのアバでマグニチュード7.9の地震が発生し、約12,000人が犠牲となった。2010年には、東チベットのジェグドでマグニチュード7.0の地震が発生し、3,000人以上が命を落とし、多くの人が家を失い避難を余儀なくされた。2015年にはネパールがマグニチュード7.8の地震の震源地となり、9,000人以上が犠牲となり、50万戸以上の家屋が破壊された。そしてさらに、2021年5月には、青海省南部でマグニチュード7.3の地震が発生している。
中国中央電視台の報道によると、「過去5年間で、シガツェ地震の震源地から200km以内にマグニチュード3以上の地震が29回発生している」とのことである。また、「1950年以降、ラサ地方ではマグニチュード6以上の地震が21回発生しており、そのうち最大のものは2017年のメインリン地震(マグニチュード6.9)だった」とも報じされている。
かくも頻発する地震は、単なる自然現象ではなく、他の人為的要因も考慮すべき可能性を示唆している。
なぜチベットで地震が?
なぜこれほど多くの地震が近年チベットで発生しているのだろうか?チベット人が過去にこれほど頻繁な地震を経験していない。わたしの両親も地震を経験したことなどなく、古代チベットの民話や伝承も地震にはほとんど触れていない。それなのになぜ、近年になってインドプレートとユーラシアプレートが頻繁に衝突するようになったのだろうか?これは、誰もが真剣に考えるべき重要な問題である。
地震の一因はインドプレートとユーラシアプレートの衝突かもしれないが、それ以外にも原因がある可能性がある。科学者を含む多くの人が、頻発する地震が人為的要因に起因していると指摘している。たとえば、中国によるチベット河川へのダム建設、森林伐採、過剰な採掘活動、そしてチベット高原の軍事基地化などである。
中国は1950年以降、チベットを占領し、搾取の対象として植民地化し、東南アジア諸国への覇権拡大の軍事基地と見なしてきた。これらの活動が地殻に与える影響が地震を引き起こしているとしたら、これらはまさに人災であり、地震の責任は中国共産党政権にあるといえる。
荒廃し、中国によってひどく搾取されたチベット高原が、いまや地域に迫る大災害の危機と、その壊滅的な影響について警鐘を鳴らし始めている。この警告は、チベットのみならず周辺諸国にとって死活問題であるといえるだろう。
(キャプション)出典:インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット
アジアで数十億人を支える河川
元世界銀行副総裁のイスマイル・セラゲルディン博士は、「次の世界大戦は水をめぐって起きる」と言っており、その予測的を射ている。チベットでの中国の所業を見れば、この警告が現実のものとなる危険性は非常に差し迫っている。
チベットは「アジアの水塔」として知られている。アジア最大級の10本の河川とそれに連なる支流がチベット高原を源としており、それらの河川は18億人以上の人々を潤している。チベットには、南極と北極に次ぐ規模の46,000以上の氷河や永久凍土があるため、しばしば「第三の極」とか「世界の屋根」と呼ばれている。
中国は、これらの河川を巨大なダム群によって管理しようとしている。もしそれが実現すれば、中国は下流域の国々に対し覇権的な優位性を得ることになる。
チベットの主要な4つの川であるセンゲ・カバブ(インダス川)、ランチェン・カバブ(サトレジ川)、マジャ・カバブ(ガンジス川)、タチョ・カバブ(ブラマプトラ川)は、インド、パキスタン、バングラデシュの主要河川でもある。インダス川は、インド、パキスタン、アフガニスタンに住む2億6800万人の人々に水を供給しているが、中国が上流に建設しているダムの影響で、すでに水量は減少している。
タチョ・カバブことブラマプトラ川は、西チベットを源流とし、インドとチベットの国境沿いに1,625kmにわたって流れている。そこにキチュ川などの支流が合流し、さらに東にいくとヤルン・ツァンポと名を変え、メトク県で急なUターンを描きつつインドのアルナーチャル・プラデーシュ州へと流れ、最終的にはバングラデシュへと向かう。
チベットからベンガル湾まで2,900kmにわたって流れるブラマプトラ川は、チベット、インド、バングラデシュ、ブータンの1億1400万人以上に淡水を供給している。この川は、インドの淡水資源の3割を占めており、重要性は非常に高い。(統合山岳開発国際センターによる2024年3月20日付報告書より)
ブラマトラ川などへのダム建設
中国は、これらの河川の水流を制御するべく多くのダムを建設してきた。これらは中国が国際社会に喧伝するような「河川型ダムプロジェクト」ではない。中国共産党は、単に水力発電の必要性を満たす以上の、より陰湿な政治的・覇権的な目的でこれらのダムを建設しているのである。
中国はインダス川とサトレジ川にダムを建設した。ブラマプトラ川(ヤルン・ツァンポ)では、ザンム、ヤムドロク、パンドゥオ、ジコン、ジャチャ、ラーロなどの6大ダムに加え、墨脱地方に1,370億ドル規模の超巨大ダムプロジェクトを進めている。メトク地方は、ブラマプトラ川がインドやバングラデシュに流れ込む重要な地点であり、このプロジェクトは世界最大のダムとされる三峡ダムを超える規模となることが報じられている。
中国は、このダム建設はチベット高原のクリーンエネルギー確保のため、と主張しているが、地質学者のファン・シャオ氏は、「ヤルン・ツァンポ流域は人口も経済規模も小さく、このような電力を必要としていない」と指摘する。
ザンム・ダムだけで年間25億kWの電力を産出しており、ヤルン・ツァンポの他のダムと合わせれば、さらに多くの電力が生み出されている。
それでは、なぜ中国は地質的に危険な地域で3000億kWの容量を持つ墨脱(メトク)ダムを必要とするのだろうか?ファン・シャオ氏は、中国が進めるこの超巨大ダム建設計画に警鐘を鳴らし、墨脱地方が地質的に不安定である上、そこは生物多様性のホットスポットであり、ダムを作れば回復不可能な環境被害を引き起こす可能性があると南華早報上で警告している。(2025年1月7日付Business Standardより)
メコン川を武器として利用する中国
チベットのドリチュとマチュは、長江と黄河川の源流である。これらの河川は中国文明の源として知られている。チベットのギャルモ・ニュルチュは、怒江(ヌージャン川)、タルウィーン川、サルウィーン川となり、それぞれ中国、ミャンマー、タイに流れている。ザチュは、メコン川の源流であり、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムに流れて地域の人々に淡水と生活資源を提供している。
このうちメコン川だけでも、中国は三峡ダムを含む11基の巨大ダムを建設し終えており、新たにいくつかのダム建設を計画している。全長5,000キロメートルにわたるメコン川は、時折、その水が干上がり、衰退していると警告され、取り上げられる。中国によるメコン川のダム建設は、下流地域に住む7,000万人以上の人々の生計を危うくするものだ。こうした上流のダムは、下流域の国々との情報共有や協議なしに建設されている。
中国はチベット源流の河川の完全な支配を通じ、下流域の国々に対して地政学的優位を得るための「水道の開閉政策」を採っている。下流域の国々は、中国の脅威と圧力によりダムの開閉をめぐって中国に従順であるよう強いられている。水を武器として使い、洪水や干ばつを引き起こすことで、これらの国々は、中国共産党の意向や操作に翻弄されているのだ。
環境的被害と人道的被害
中国のチベット高原でのダム建設ラッシュは、一義的には内陸部の水不足を解消し、水力発電の需要を満たすことが目的といわれている。習近平政権はチベットを「西電東送」エネルギープロジェクトの拠点にする方針を明らかにしている。ところが、この政策は、チベット、中国、そして周辺国を地震や洪水、そして広範な環境面のリスクにさらす。
そして、このダム建設ラッシュのもう一つの重要な動機は、下流域の国々に対する地政学的優位性を確保することにある。これは非常に危険であり、東南アジア諸国の安全保障に悪影響を与える。国際社会は、中国がダムを武器として利用することを阻止しなければならない。
さらに、ダム建設の3つ目の動機に「強制移住」が挙げられる。これらのダム建設や鉱山開発プロジェクトは、開発による経済は点やより良い住宅供給の美名の下に、伝統的な住居や集落からチベット人を強制移住させる手段としても利用されている。中国は水資源や鉱物資源を搾取するため多くのチベット人を強制的に移住させてきた。こうした政策は、移住させられた人々を弱い立場に追い込み、政府に与えらるわずかな補助金に人々を依存させるという結果を招いている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、2000年以降、93万人以上のチベット人が強制的に移住させられたと報告されている。
大量電力供給の対価
チベット政策研究所の研究員であるデチェン・パルモ氏は次のように述べている——「過去70年間、中国は87,000以上のダムを建設し、合計325.26ギガワットの電力を生み出した。これはブラジル、アメリカ合衆国、カナダの発電能力の合計よりさらに大きい規模です。そして、これらのプロジェクトは2300万人以上の人々の強制移住につながりました」。
2024年2月、チベット人と国際社会の抗議や訴えにもかかわらず、中国は四川省のデルゲ、カム地方にムトク・ダムの建設を進めた。チベットウォッチによると、このダム建設により両岸の12の村の住民が移住を余儀なくされ、約4,287人が影響を受けるとされていた。当時、反対運動により逮捕された1,000人の行方は依然として不明である。
多くの科学者は、大規模なダムが地震を引き起こす原因となると指摘している。とくに、2008年の四川大地震に紫坪埔ダムが及ぼした影響については疑念が提起されている。
2010年、国際的NGOのインターナショナル・リバーズは、「長江上流の玉樹州には中国で計画中のダム建設が集中している。世界中で100件以上の事例が記録されているように、大規模ダムは地震を引き起こすことがある。2008年5月の四川大地震は、紫坪埔ダムとの関連が強く示唆されている」と述べている。
時限爆弾としてのダム
地政学者のブラフマ・チェラニー氏は、「新たなダム建設計画は、中国に国際河川の支配を許し、これによりチベットと接する広大なアルナーチャル・プラデーシュ州(台湾のほぼ三倍の面積)に対する領土主張を強化することを可能にする」と述べている。
オーストラリア戦略政策研究所は、「中国は静かに、だが不可逆的に、インドとの領土問題を含む国境地帯の支配を正当化しようとしている」と報告している。中国はインド、ネパール、ブータンとの国境地域に中国人を移住させ、領土争いで有利な交渉ポジションを確保しようとしている。
アメリカ国防総省の2021年年次報告書は、中国がインドとの係争地域に住宅団地を建設中であることを明らかにした。この団地は、インドのアルナーチャル・プラデーシュ州に隣接した巨大ダム建設計画周辺にある。これは、中国が南シナ海で利用した「サラミスライス戦術」、すなわち、まず領土を占拠してから領有権を主張する、という手法と同じである。この戦術は、インド太平洋地域で日本やフィリピンなどを警戒させている。
いくつかの報告によると、1954年から2003年に、中国の85,300のダムのうち3484基が決壊したとされている。中国のダム建設を批判するファン・シャオ氏は、中国が作った脆くて危険な状態にあるダムは、大洪水や予期しない出来事が発生すれば決壊して大災害をもたらす時限爆弾であると警告している。
最近更新された報告によれば、2001年のチベットのダム崩壊により、インドのアルナチャール・プラデーシュ州のシャン川流域で26人が死亡し、約1600万ドル相当のの資産が損害を受けたことが明らかになった。
結論
これらの警告から明らかなように、中国の無秩序なダム建設と鉱山開発は単にチベットの問題にとどまらず、インド、ネパール、ブータン、そしてメコン川流域の国々にとっての時限爆弾でもある。これらの河川流域国は、国際社会の支持をバックに中国がチベットの河川にダムを建設するのを阻止し、新鮮な水の自由な流れのためにチベット人とともに戦うべきである。
中国の覇権的拡張主義政策を成功させてはならない。中国は、重大な災害を引き起こす前にその責任を問われ、警告を受けるべきである。
河川流域国が今、するべきこと
脅威にさらされている河川流域の国は、国際的な水の共有に関する諸条約に加盟し、中国にも条約に署名するよう求めるべきだ。国連の「国際水路の非航行的利用に関する条約」、世界銀行の「国際河川湖沼イニシアティブ」、および「国際水資源法」は、影響を受けるすべての国々に適用されるべきだ。中国がチベットの水資源と土地を搾取し、隣国に対する地政学的覇権を確保するためにチベットの河川を武器として利用することは断じて阻止しなければならない。
*執筆者 ツェワン・ギャルポ・アリヤ博士
ダライ・ラマ法王日本・東アジア代表部事務所代表。インド・ダラムサラに拠点を置く中央チベット政権(CTA)の情報国際関係省(DIIR)情報局長、チベット政策研究所所長などを歴任。著書に『チベットの反論-中国共産党の嘘を暴く』、『古代チベット文明』などがある。
[和訳:下村明子]