1994年、Beasty Boysのアダム・ヤウクの呼びかけにより非営利団体として「国際慈善と非暴力主義を広めるため」という主旨の元に結成されたミラレパ基金。若者が共感しやすい音楽を通してその活動を展開しているのが「チベタン・フリーダム・コンサート」だ。
このイベントは過去に3回の開催を重ねており、今年はアムステルダム、シドニー、シカゴ、東京での同時開催となった。東京コンサートの指針は、今回が初めてということもあり、音楽というものを通して単に現状を批判するのではなく、考える機会と時間を提供することにある。収益金はミラレパ基金を通じて人種差別撤退、非暴力社会の実現といった活動を行う60を越える各団体に寄付される。
6月13日、東京ベイNKホールを見下ろす澄み切った青空にチベットの鮮やかな国旗が翻った。さあ、日本もチベタン・フリーダム・コンサートの仲間入りだ。公演は午後3時から始まるというのに、午前11時すぎにはホール前に200人以上の座り込みの行列が出来ている。皆若い!20歳前後といったところか。だぶだぶの薄汚れたジーンズに太いシルバーの指輪と幾重にも重ねたブレスレットをする男の子達。大人に媚びない彼らなりの主張が見え隠れする。チベットのためというより、それぞれが好きな音楽を楽しむために参加しているようでもある。
ボデイ・サーフ、モッシュ。体を揺らしながら汗だくで熱狂するファンたち。いつものロックコンサートと何ら変わらない。しかし、雰囲気ががらりと変わる時が来た。それは、チベット音楽奏者のガワン・ケチョンのライブからだ。荘厳なチベット仏教読経が巨大なホルンのようなチベット民族楽器と重なり、会場はロックコンサート場から壮大な宇宙へ変貌する。熱を帯びた静寂という不思議な空間が支配する。
午後7時過ぎ、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のギュルミ・ワンダー(写真右)がスピーチ。難解な話でもない。国際問題を語るということでもない。
「今晩、チベットのためにちょっと皆さんのお時間を下さい。勉強というものはあまりつまらないものです。我々は生まれてくる時から、つまらなく生まれてくるような気がしますね。泣きながら生まれてきます。そういう意味でチベットの勉強はあまりつまらないことがあるかもしれない。けれども、いろんなことを学びながら、その中からいいものを取り入れていく、そしてより良い社会を築いていくことが大事だと思います」
「母にはとうとう会えませんでしたが、弟には28年半ぶり、1987年に1回チベットで会うことができました。その時にこのひげを生やしました。それから12年ぐらいになります。もう1度自分の故郷に帰るまで、このひげをこのままにしておくということに決めました」
シンプルでインパクトに溢れ、ハートから伝わってくる彼のスピーチに若者たちは引き込まれる。最後に彼が「フリー・チベット!」と叫ぶ。それに応じて若者たちも「フリー・チベット!」と答える。それが繰り返されるたびに、会場全体のエネルギーが1つになっていくのを感じた。凄く体が震えた。最初はチベットに無関心であるように思われた若者たちが、時間が経つにつれ意識が高まり、このイベントをみんなで盛り上げているようだ。
そして、Hi-STANDARDとガワン・ケチョンのセッション、プレスリーのナンバーで有名な「愛さずにはいられない Can’t Help Falling In Love」でこの特別なコンサートはクライマックスに達する。ロックとチベット音楽が、一つになった瞬間だ。胸のあたりから熱いものがこみ上げてくる。隣りの観客がもう、知らない誰かではない感じ。そこにいる全ての人がとても大切な何かを分かち合っているというあの感覚 … 。
この日、東京ベイNKホールには主に20代前半の若者たち約4千7百人が集まった。音楽が若者とチベットを結びつけた。ロックが若者のハートに火を付けたのだ。ガワン・ケチョンが「チベットには日本の若者のパワーが必要」と強調したように、これからの時代を担う若い世代の日本人がチベットという世界的関心事にどう関わっていくか、それは少しも悲観視することではないかもしれない。
(取材:T2)