日頃よりダライ・ラマ法王日本代表部事務所の活動に深いご理解とご支援を賜り、心より御礼を申し上げます。
この度、チベットの高僧リン・リンポチェ師7世をお招きして、大本山護国寺にて勉強会を開催することとなりました。
午前の部として、チベット仏教文化の伝統に従ってリン・リンポチェ師7世が先代の転生者として認定された際の方法、リン・リンポチェ師とダライ・ラマ法王の関係、転生者の教育についてご講演いただきます。先代のリン・リンポチェ6世(1903-83)はダライ・ラマ法王の個人教師で、法王の教育に関して厳格であり、法王も尊敬しておられました。
午後の部として、リン・リンポチェ師による瞑想の指導が行なわれます。慈悲の心を高め、それを心になじませていく瞑想の方法を説いていただいた後、参加者全員で実際に瞑想をします。
この貴重な機会に、一人でも多くの方のご参加をお待ち申し上げております。どなたでもご参加いただくことができます。チベット語から日本語への通訳を介して行なわれます。
開催概要
イベント | リン・リンポチェ師7世による勉強会 『先代のリン・リンポチェの転生者として認定された際の方法』および『慈悲の心を高める瞑想の方法と実践』 |
【講師情報】リン・リンポチェ7世猊下について | |
日程 | 2020年2月11日(火) |
午前の部 10:00~11:30【受付開始 9:30】 | |
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午後の部 14:00~15:30【受付開始 13:30】 | |
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会場 | » 大本山 護国寺 桂昌殿〒112-0012 東京都文京区大塚5-40-1 東京メトロ有楽町線 「護国寺」駅 1番出口すぐ » アクセス |
参加費 | 午前の部『先代のリン・リンポチェの転生者として認定された際の方法』:5,000円
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午後の部『慈悲の心を高める瞑想の方法と実践』:5,000円
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お申込 | ファクスまたはメールにて受付
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【1】ファクスによるお申込 | |
『参加申込書』をダウンロードし、『参加申込書』に必要事項をご記入の上、ファックスにてお申込をお願いいたします。 お申込後、代金をお振込いただき受付完了となります。»『参加申込書』ダウンロード【PDF 196KB】
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【2】メールによるお申込 | |
申込者氏名、電話番号(日中連絡のつく番号)、申込者E-mailアドレス、参加希望勉強会(午前のみ or 午後のみ or 午前・午後両方)、参加人数、参加者全員の氏名、及び代金お振込予定日を明記の上、以下のメールアドレスまでお申込をお願いいたします。件名は「2月11日勉強会の参加申込」としてください。
e-mail:tibethouse.jp@tibet.net
◆ 代金お振込先
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主催 | ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン) |
協力 | » 大本山 護国寺 |
問合せ先 | ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン) 〒161-0031 東京都新宿区西落合三丁目26番1号 TEL:03-5988-3576 FAX:03-3565-1360 E-mail:tibethouse.jp@tibet.net |
リン・リンポチェ7世猊下について
プロフィール |
1985年11月18日、インド生まれ。母の死後、ダラムサラのチベット子供村(TCV)に移った。ダライ・ラマ法王の個人教師で1983年に入寂したキアジェ・ヨンジン・リン・リンポチェ6世の生まれ変わりとしてTCVにて認定された。 南インドのデプン僧院ロセリン学堂にて10歳で修行を開始し、2016年11月に仏教博士(ゲシェ)の学位を取得。また、2017年4月からはダラムサラのギュト密教大学で修学し、ゲシェの学位修了後のならわしである1年間の密教修業に入った。 2012年11月、菩提道次第の法話を行なうためインドのゴア空港に到着したダライ・ラマ法王に挨拶に行く道中に交通事故に遭い、重傷を負ったが、数年にわたる幾度もの大手術を経て全快を果たした。 韓国での初の法話を皮切りに、アジア諸国、ヨーロッパ諸国、カナダ、米国、イスラエルで法話を行ない、インドとネパールのチベット人居住区では灌頂授与も行なっている。また、多くの重要な仏教イベントにも参与している。 伝統的な悟りの十八階梯に基づくことから歴史的意義の高い、ダライ・ラマ法王の菩提道次第の法話会にも携わっている。法話会は2012年から2015年にかけてセラ、デプン、ガンデン、タシルンポの各僧院で開催され、毎年、世界各地から約4万人が参加した。 さらに、「世界仏教徒会議と世界平和セレモニー(インド、ブッダガヤ)」、「21世紀にふさわしい仏教に関する会議(同、ラージギル、インド連邦政府文化省とナヴァ・ナーランダー・マハビハーラ大学共催)」など、仏教の伝統保持のための国際イベントにも参加実績がある。 2004年以降は、ダライ・ラマ法王と科学者が物理学、神経科学、破壊的感情などさまざまな内容について討議する、「マインド・アンド・ライフ・インスティチュート(心と生命研究所)」の対話にも参加している。 |
転生者の発見と認定 |
リン・リンポチェ6世の入寂後、ヨンジン・リンツァン学堂とデプン僧院は、ダライ・ラマ法王の個人教師の生まれ変わりを見つけるため、ダライ・ラマ法王に托宣を依頼した。学堂と僧院の関係者は真の生まれ変わりが速やかに発見されることを願い、儀式、供養、三宝への祈祷に勤しんだ。
1987年8月、探索隊はTCVの乳児室を訪れ、保母にテンジン・チョパという男児と面会したいと述べた。保母が一人の男児を指差すと、すでにその子は探索隊のメンバーの一人の手を握っていた。後にリン・リンポチェ7世となるその男児は、探索隊の一人のことをはっきりと見分けた。わずか1歳6ヶ月のその男児は、そのメンバーのことを名前で呼んだ。 続いて探索隊が男児に数本の数珠を渡し、リン・リンポチェのものはどれかと尋ねた。男児が21の珠を数えながら何か唱え始めたのに探索隊は驚き、その自然で自発的な姿に欣喜雀躍した。また、その子は探索隊メンバーの中から生前のリン・リンポチェ6世と近い関係にあった者をも見分けた。 翌日、ロサン・ルンリがTCVを訪れ、その子と面会した。ロサンはリン・リンポチェ6世を敬愛し、ヨンジン・リンツァン学堂で長年仕えてきた。男児はロサンの額にさわり、祝福した後、他の者の額も小さな手でさわって祝福を与えた。この仕草は紛れもなくリン・リンポチェの生まれ変わりであることのしるしと思われた。生まれ変わり発見の報告を受けたダライ・ラマ法王は、さらにテストを進めるべく、その子を法王公邸に招いた。ダライ・ラマ法王はこう述べている——「その子と初めて会ったとき、それが誰であるか疑いの余地はなかった。明らかにその子は私を旧知の者として扱い、同時に大きな敬意をも示した。その振舞いは、先代と同じだった。その子は明らかにこの家の間取りを知っていた。私の勉強部屋に入り、当時、脚を怪我して回復途上にあった従者の一人を見て、すぐに親愛の情を示した。その幼な子は、従者ロブサン・ガワに大真面目にカター(白いスカーフ)を掛けると、今度は子供っぽく笑い転げた。クスクス笑いながらロブサンの松葉杖の片方を取り上げて、それをまるで旗竿のようにして部屋中を駆け回った」。ダライ・ラマ法王は、その子は間違いなくリン・リンポチェの生まれ変わりであると結論づけ、さらなる託宣で裏付けを取った。子供への命名を依頼された法王は、その子をテンジン・ルント・ティンレ・チョパと名付けた。 1987年10月、リン・リンポチェの生まれ変わり、テンジン・チョパは即位式に臨んだ。参列した誰もが、まだ2歳にもならないその子供の落ち着きと威厳に感銘を受けた。即位式に参列したダライ・ラマ法王はこう述べている——「ラマ・ドルジェチャンの椅子に、今チョトゥル・リンポチェが座ることになった。私はそのことに大きな喜びを覚えた。その場に残って昼食を共にした後、辞するため車に乗ろうとした私のところに、その子がやってきた。子どもは法衣の端をつまみ、一緒に行きたがった。その行動から、その子がリン・リンポチェの生まれ変わりだという確信はさらに強まった。これもまた、根本グルが引き続き私を可愛がり、慈しんでくれているまぎれもない証拠だと思った」。 |
教育 |
1990年、リン・リンポチェ7世は南インドのチベット人居住区に再建されたデブン僧院ロセリン学堂に入学した。歴代リン・リンポチェが学んだ僧院に7世が入学したことを祝し、大規模な宗教儀式が行なわれた。ちなみに、リン・リンポチェ3世、4世、5世、6世もリン・カンツェン(学寮)の一員だった。
1993年、若きリン・リンポチェ7世はダライ・ラマ法王から僧院での勉学継続のための沙弥戒を授けられた。また、ダライ・ラマ法王ご自身が個人教師のリン・リンポチェ6世から具足戒を授けられてちょうど50年目の年に、今度はリン・リンポチェ7世がダライ・ラマから具足戒を授けられた。通常、チベットの僧侶は20歳で具足戒を授けられる。2004年に20歳を迎えたリン・リンポチェ7世は、その年の3月3日、ダライ・ラマ法王からヨンジ ン・リンツァン学堂(ダラムサラ)で具足戒を授けられた。ダライ・ラマ法王の受戒から50周年を記念する2004年3月5日の長寿祈念法要に際し、リン・リンポチェ7世は法要の指揮を取るよう依頼を受けた。まさに1954年のその日、ダライ・ラマ法王はラサのジョカン寺の釈迦牟尼像の面前で、先代リン・リンポチェ6世から具足戒を授けられたのだった。ちなみに、先代リン・リンポチェ6世に戒を授けたのは先代ダライ・ラマ13世で、ラサのポタラ宮で執り行なわれた。 チベット仏教ゲルク派は、経典の深い読み込みを重視する。リン・リンポチェ7世は10歳のときにダライ・ラマ法王の指導下で修行を始めた。個人教師にはゲシェ・ナムギャル・ワンチェンとゲシェ・トゥプテン・ラプゲが就任し、経典の勉強が休みのときには隠遁修行も行なわれた。 正規のゲシェ(仏教哲学博士)課程は、僧院改革の一環として先代ダライ・ラマ13世が修行上級者のために創設したものである。ゲシェとは次の5つの科目を完習した者を指す。
2日間にわたるリン・リンポチェ7世のゲシェ修了式は、デプン僧院ロセリン学堂で行なわれた。修了式が始められたのは2016年11月20日、兜率天からの仏陀降臨を祝う吉日、ラバブ・デュチェンの日だった。デプン僧院ロセリン学堂に学ぶ僧侶たち、数々の僧院の僧院長、元僧院長、そして高名な学者や賓客らが修了式に参列した。第103代ガンデン僧院座主ジェツン・ロブサン・テンジン師、ダライ・ラマ法王の代理人、チベット亡命政権(CTA)宗教文化担当相をはじめとする高名な賓客とデプン僧院ロセリン学堂の僧院長らが、素晴らしいスピーチをしてリン・リンポチェ7世の学業修了を認めた。また、ロセリン学堂のトゥルク(高僧の化身)協会もリン・リンポチェの学業修了を認定し、修了証書を授与した。 リン・リンポチェ7世はデプン僧院の僧侶に供物を捧げ、続いてガンデン、セラ、タシルンポ、ギュメ、ゾンカ・チュデなど南インドの各僧院を周って僧侶や尼僧に供物を捧げた。 |